2003年【睦月号】
vol.27

  

 せり なずな ごぎょう たびらこ ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草
                        (『連歌至宝抄』一五八五年作)
 正月七日に七草を食べることは、青物が不足する冬、ビタミンや葉緑素を補給する何よりの行事として、現代なお広く行われている風習です。ただ、今では本来の春の七草を全部入手することは難しく、適当な七種類の野菜をパックづめしたものをスーパーなどで買ってくるのですが…。
 新春の野に出て若菜を摘むことは日本古来の風習で、『万葉集』は雄略天皇(五世紀)が若菜摘みの乙女に恋を詠いかける歌で始まります。八〇四年に書かれた伊勢神宮の儀式帳に、正月七日、新菜の羮(あつもの〈汁物〉)をお供えすることがみえ、清少納言の『枕草子』や紀貫之の『土佐日記』にも正月七日の若菜の事が書かれていて、平安時代には大切な行事として定着していたことがわかります。
 七草の名前は鎌倉時代の『年中行事秘抄』に「薺(なずな)、はこべら、芹(せり)、菁(すずな)、御行(ごぎょう)、須々代(すずしろ)、仏座(ほとけのざ)」と今いう七草と同じものがあげられています。スズナはカブ、スズシロは大根、ゴギョウは母子草、仏の座はタビラコだとされていますが、冒頭の連歌のタビラコがハコベラの書き間違いか否かは即断できません。
 このように 春の七草の多くは標準名ではなく意味ありげな名で呼ばれていますが、これには呪術的な意味あいがあったそうです。
 七草を食べるには「七草粥」にする地方が多いようですが、博多では「七草汁」といってみそ汁でいただきます。正月松の内は「麹断ち(こうじだち)」といって味噌は食べず、七日の朝初めて食べる味噌汁が七草なのです。七草の他に、雑煮の具の残りを入れる家もあり、四日の福入り雑炊とともに、「物を無駄 にしない」博多の心、ごりょんさんの智恵が感じられます。

   唐土の鳥と 日本の鳥が 渡らぬ先に ヒッチャラコッチャ ヒッチャラコッチャ

  前日の夜、父が恵方に向かって、こんな囃子詞(はやしことば)を唱えながら、まな板をトントンと叩き、七草をみじん切りにしていた姿が思い出されます。
【餅賛歌】
 餅入りのうどんを食べながら、どうしてこれを「力うどん」というのかしらと、不思議に思ったことのある方は少なくないでしょう。「餅=力」ですから、餅には何やらパワーが宿っているらしいのです。
  確かに、餅という食べ物は、ほんの少しでお腹が膨れますし、簡単に飲み込めない粘り強さがありますし、固まった後も、火で炙ると予測不可能に自在変化してしまう奇妙な特性があります。また、オロシ大根、納豆など、何と絡めても相手の個性を潰さずに、自分の個性をもしっかりアピールしてしまう、したたかな面 も兼ね備えているのです。
  特に日本人は正月に餅を食べる風習がありますが、これなどは大変古く、かるく一千年の時を越えています。紀貫之の有名な『土佐日記』には、正月に餅を食べて稲の霊力を吸収し、よき歳を重ねようと願いを込めた歯固餅の記述が残されています。
  その特性、歴史、日本人の関心度を考えると、餅の偉大さには頭が下がるばかりなのです。

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