2003年【水無月号】
vol.32

 一頃ワイドショーを賑わせた芸能人の派手な結婚式も、最近はすっかり影をひそめ、世間はジミ婚ばやりと言われています。籍を入れるだけで結婚式もしないというカップルも増えつつありますが、やはり一生に一度のこと、これまで育ててくださった親やまわりの人々に感謝の意を表し、これからもよろしくという気持ちの表現として何らかの形にすることは大切なことではないでしょうか。
 おきまりのコースに乗るのではなく、それぞれのカップルの個性を発揮し、心をこめて行われる結婚式は好ましいものですが、昔ながらの婚礼のしきたりがここ数年で急速に忘れ去られようとしているのは、少々さびしい気もするのです。少し前までその土地、その土地によって、婚約から結婚式、さらには式後の挨拶回り、里帰りまで決まったしきたりがありました。博多で一番特徴的なのは、結納以前におこなう「すみ酒」でしょう。すみ酒は「寿美酒」とも書き、男性側からの結婚の正式の申し入れと女性側の公式の承諾の儀式です。
 結婚内諾の返事を得るとすぐに男性側の使者が、祝いの「奉書(ほうしょ)のし」をかけた酒一升(1.8リットルびん)と三〜四キロもある立派な天然鯛一匹を持って女性の家に行きます。これは「一升一鯛」といい、「一升一代」つまり一生添い遂げますという意思表示なのです。女性の家で、使者には挨拶の後「一升一鯛」を「固めのしるしにお受取り下さい」と差し出し、女性側はこれを受け取ってさっそく料理にかかります。この間娘はのし箱(または三方に白紙を敷き鰹節をのせたもの)を出して「のし出し」の作法を行います。これによって娘自身の承諾の意志を示すのです。
 使者が「のし取り」をすると、例の一升の酒の封が切られ、使者と両親の間で三つ組の木杯で冷酒が酌み交わされます。そうこうするうち、鯛は「ひれずいもん」(鰭吸物:ひれずいもの)と刺身にされ、使者共々にこれをいただきます。
 使者は長居をせず男性の家に帰って報告をし、ここでも酒宴となります。女性の家でも、親戚や近所の人が集まって「すみ酒披露」の小宴をもち、婚約成立を祝ったのです。


「一升一鯛(一升一代)」
(月間はかた2001年6月号掲載・城後友理子氏撮影)
【文学する料理】
 日本で料理の文化がいっぱんてきに根付いたのは、江戸時代。宝暦・天明のころといわれます。この当時、『豆腐百珍』という珍本があったことをご存じでしょうか。
 この本は、料理人が料理人のために書いたものではなく、また、いわゆる家庭料理のものとも違います豆腐ひとつを題材に幾種類もの料理法と、そのランク付けがあるという面白いものです。作者は江戸時代の知識人。文学的な要素が強い、料理で楽しむための本なのです。
 この『豆腐百珍』には、正統あわせて二百三十八種もの料理法があります。その内容は、奇をてらったものはすくなく、ただ、今の感覚から云わせると、いかにも手間と時間をかけた料理法が多いことに気が付きます。まるで「できあがりの味を云々するだけが料理ではない。作る過程にこそ味わいがあるのだ」と江戸の人が主張しているかのようにも思えてくるほどです。
 文学する料理は、遊びや無駄と思われるものにこそ「文化」があるのだと教えてくれます。

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