2000年【師走号】
vol.2

  

 一年で一番昼が短い日、冬至。この日カボチャを食べ柚湯にはいる風習が各地にあり、博多でも、「中風にならない」などといって南瓜をいただく。昔は冬至十夜の節供といい、黒豆ご飯を炊いたものだ。
  昭和通りの那珂川西河畔にある勝立寺(しょうりゅうじ)では、毎年冬至に、南瓜汁と南瓜の煮付け、それに銀杏ご飯がふるまわれる。この寺の都久志会館側通り門前には、頂に南瓜を載せ「海中出現 南瓜毘沙門天王 厄除鬼難」と彫られた円筒形の石碑が建っている。そのいわれは…
  江戸時代中頃、宝永七年、笠正兵衛という博多商人が難波に商いに行く途中、響灘で海難事故に遭った。正兵衛が日頃信仰する勝立寺の毘沙門天を一心に念じたところ、海中より南瓜と銀杏の柄杓を持って毘沙門天が現れた。その南瓜を食べて飢えをしのぎ、銀杏の柄杓で水を汲んで渇きをいやし、正兵衛の舟はどうやら無事に難波に着くことができた。博多に帰った正兵衛は、御礼に勝立寺に毘沙門堂を建て、冬至の日に参詣の人々に南瓜をふるまった。また境内に突き刺した銀杏の柄杓は、根付いて立派な銀杏の樹に成長した。
  毘沙門天は財福の神。正兵衛の家がますます繁盛したことは言うまでもないが、 勝立寺の毘沙門天は水中から出現したというので、「焼かずの毘沙門天」ともいわれ、福岡大空襲にも焼けず、今日に伝えられている。福博の人々は来春の商売繁盛と火難除けを祈って、毘沙門天の御幣と切り絵を受けて帰る。

勝立寺と南瓜毘沙門天
【まなざし】
  人の仕種の中で最も気になるところ。それは「まなざし」のような気がします。
 「目は心の窓」「目のつけどころ」「目くばせ」「目がまわる」「目のかたき」など、私達の日常会話の中には「目」のつく慣用句がとてもたくさんあります。
 「目は口ほどにものを言う」どうやら日本では、口以上に目がものを言う事ができそうです。
日本を代表する作品の一つ「東京物語」は、登場人物が、目を合わさずとも心を通 じあわせる印象的なシーンで国際的にも高く評価されています。
 「間」を媒介にコミュニケーションを成り立たせることを大事にする日本人の気質を物語っているようです。
 「曖昧な間」そんなものを目で楽しむのも、乙なことやもしれません

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